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| 民族名 |
カザフ族 哈萨克 hā sà kè |
| 人口 |
約111万人。チュルク系。 |
| 居住地域 |
主に新彊ウイグル自治区のイリカザフ自治州、木塁カザフ自治県、巴里坤カザフ自治県と昌吉回族自治州などの各県に住んでいるほか、一部は青海省、甘粛省にも住んでいる。 |
| 言語 |
アルタイ語系、チュルク語派、西フン語分支に属するカザフ語を使っている。
南西、北東の二つの方言がある。 |
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アルタイ山中などで羊を中心とした遊牧に従事したり、定住して農業を営む集団もある。
カザフというのは「自由な戦士」、「ステップの放浪者」という意味がある。
漢代に、天山の南北に住んでいた烏孫(紀元前2世紀~西暦2世紀)の人たちがカザフ族の祖先で、その後、突厥(6世紀中葉)、葛邏禄、回鶻(10~12世紀)、哈刺契丹(12世紀)、克烈、乃蛮、欽察(13世紀)などともルーツとして関係がある。
直接的には、15世紀に遊牧ウズベク族から分離して形成された集団。
当初、現在のカザフスタン東南部に位置するセミレチエ地域に居住していたが、その後、カザフ草原全域に遊牧地域を拡大させた。
やがて自らの国家形成をはかり、カザフ・ハン国を創設しましたが、ロシア帝国が東方に大々的に領域拡大を図り、1820年代には、その大部分がロシアの制御下に入った。
その後18世紀半ばに清王朝がモンゴル系の遊牧勢カシュンガルを平定し、天山山脈北側の地域を征服したあと、一部のカザフ族は清王朝に帰順し、これにより、カザフ族が部分的に西方のカザフ草原から清王朝治下のこの地域に移動し、浸透していった。
カザフ族はヒツジとウマの飼育を中心とする遊牧民族として知られ、現在でもかなりの部分が、天山山脈およびアルタイ山脈の一帯で遊牧生活を営んでいる。
彼らはモンゴル族のゲルとほぼ同型のフェルト張りのユルトと呼ばれるテントに夏の間住んでいる。
ユルトには一家族が住み、この家族が7~10戸集合したものをアウルといい、伝統的に遊牧の単位となった。
馬乳を発酵させたクミスという低アルコール分の乳酸飲料やパンの一種・ナンは日常的に欠かせない食材。
春から夏にかけては羊肉を主に食べ、秋から冬には馬の腸に馬肉を詰めて燻製にしたソーセージがよく食べられている。
カザフの人たちは駿馬に乗ることを誉れとし、騎馬民族であることを誇りとしている。また、牧畜の技術は非常にすぐれていて、肉と毛の両方が利用できるいわゆる新彊細毛ヒツジや、2000余年前、その強さと美しさによって漢の武帝に「天馬」とたたえられたイリ馬を生み出した。
カザフ族の結婚式は、式の当日には新婦の荷物を馬かラクダに乗せて新郎の家まで運ぶ。また、新婦は大きいスカーフ頭からすっぽりかぶり、顔を見せないようにして、新郎の家について式が終わってからスカーフをとる、という決まりがある。 |
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