|
|
|
| 民族名 |
満州族 满族 Mǎnzú |
| 人口 |
982万1180人。 |
| 居住地域 |
満州族は全国各地に分布し、その中でも遼寧省が最も多い。 |
| 言語 |
アルタイ語系、満州・ツングース語派、満州語分支に属する満州語を使用している。
南、北2種類の方言がある。漢民族とともに生活し、密接に触れ合っているため、今の満州族は中国語を使うようになり、ただごく少数の辺鄙な満州族が集まって居住している村では、少数の年寄りが満州語を使っている。
16世紀末、モンゴル語を基礎とした満州語を作られた。 |
|
満州族は長い歴史をもつ民族で、その祖先は2000前の粛慎人までさかのぼることができる。
漢代には「挹婁」、北朝期には「勿吉」、隋唐代には「靺鞨」と呼ばれ、その後北宋・明代に女真族へと発展した。従来、長白山以北の黒竜江の中・下流、ウスリー川流域の広大な地域で生活していた。
1583年、建州女真族の首領であったヌルハチが女真族の各派を統一し、八旗制度を創設し、1616年に金王朝を建国した。八旗制度は政治、軍事、生産という三つの面の職能を持ち、満州族社会の根本的な制度となった。
その後満州語を作り、1635年に、民族の呼称を「満州」とした。
|
 |
1636年には皇太極が帝となり、国号を清と改称した。
1644年、清の軍隊が山海関の内側に入り、政権を奪取し北京に首都を定めた。
1911年の辛亥革命以後、満州族と称されている。
満州族は学問を重視する傾向があり、文人も多く輩出している。
満州族独特の民族衣装に“旗袍”がある。これは、ヌルハチが八旗制度を制定した際に“旗人”の公式装束として定められたため、この名前がついた。清代の宮廷料理として、“満漢全席”も有名。
満州族の人たちはかつて多くの神を祭るシャーマニズムを信奉していた。今ではシャーマニズム信仰はもう残っていない。 |
|
|
|
|
|