|
|
|
| 民族名 |
ナシ族 纳西 nà xī |
| 人口 |
27万8009人。チベット系。 |
| 居住地域 |
主に雲南省麗江ナシ族自治県とその周辺区域に集中的に居住しており、四川省の塩源、塩辺、木里などの県とチベットの茫康県にも分布している。 |
| 言語 |
漢・チベット語系、チベット・ミャンマー語派、イ語分支に属するナシ語を使用し、固有の象形文字『東巴(トンパ)文字』を持っている。 |
|
長い歴史をもつ民族の一つで、南へ移住した古代羌族の一派。
ナシという民族名は古代髦人のある部落の名から来たものである。晋時代の文献に記載されている「磨些」、「摩沙夷」が、ナシ族の祖先と見られ、“牛を飼う人”という意味であった。
地域によって、ナシ族の自称は異なっている。例えば「ナシ(纳西 nà xī)」、「ナ(纳 nà)」、「ナジョ(纳汝 nà rǔ)」、「ナニ(纳日 nà rì)」などがある。新中国成立後、ナシに確定した。
ナシ族の居住地には玉龍雪山(5596メートル)ふもとの麗江旧市街(世界遺産)があり、かつてチベットの馬と四川・雲南のお茶を交換した『茶馬交易』で栄えた。
ナシ族は農業を主とし、水稲、トウモロコシ、ジャガイモ、小麦、豆類、綿花、麻を栽培している。金沙江両岸は森林地帯である。
玉竜山間地帯は植物種類が多く、植物の宝庫とたたえられている。
東巴(东巴 dōng bā)と呼ばれる祭祀者が儀式を行う時に使われる東巴経典は縦10cm、横30cmほどの経本で、文字は左から右に読み、動物、植物など様々な象形文字:東巴文字が使われている。
今ではすべてを正確に読みこなせる人が減ってきたので、雲南省社会科学院麗江東巴文化研究所で残り少なくなった東巴の協力の下、解読・記録作業が行われている。
また、仏教が伝わる以前にチベットで広く信仰されていて、ラマ教にも影響を与えたボン教の原型を保持していることなどから、東巴経典はチベット密教に関心を寄せている人々の注目を集めている。
文革以前は、“阿注 ā zhù 婚”と呼ばれる妻問い婚が主流だった。阿注とは友達、伴侶という意味がある。
これは夫婦関係のある男女が世帯を共にせず、夜間だけ阿注と呼ぶ妻(恋人?)のもとに男性が通うもの。
昼間はそれぞれの実家の労働に参加し、食事も実家の家族と共にするので、夫婦間に経済的なつながりも家族としてのまとまりもなかった。
カップルは比較的固定していたようだが、気立ての良い美人の女性のところには、多くの男性が訪れ、権力があり男ぶりの良いものはあちこちの女性を渡り歩く傾向があった。生まれた子供は母親の家で育てられ、実の父親とは基本的には他人の関係だった。
夫婦関係の解消も簡単で、女性の方が男性が家に来るのを拒絶すると、それで関係が終了する、というもの。
旧暦2月のサンド(三朵:sān duǒ)節と旧暦6月のたいまつ(火把:huǒbǎ)節がナシ族伝統の二大祭り。
サンドは玉龍雪山の主神で、麗江一帯の人々はサンド節にはサンド神を祀る玉龍雪山の麓の玉峰寺を訪問する。
たいまつ節は彜族のにぎやかなそれとは違い、しっとりとした物静かな祭。高さ1.5メートル、太さ30センチほどに縛られた木片の束が、赤や黄色の花できれいに飾られ、日暮れと共に各家の門で次々と点火される。家族が静かに見守る中、ゆっくりと燃えるたいまつの炎が水路に映える様子は風情がある。 |
|
|
|
|