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| 民族名 |
ユイグー族 裕固 yù gù |
| 人口 |
人口1万569人。モンゴル系。 |
| 居住地域 |
主に甘粛省粛南裕固族自治県や酒泉市黄泥堡裕固族郷に居住している。 |
| 言語 |
アルタイ語系チュルク語族に属する西部裕固語、アルタイ語系モンゴル語族に属する東部裕固語、及び漢語を使用している。自民族の文字は持たず漢字を使用している。 |
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裕固族の祖先は紀元前3世紀の丁零、4世紀の鉄勒及びモンゴル人民共和国に居住している袁纥にさかのぼることができる。
745年には、回纥(唐代北方のトルコ系部族。回鶻ともいう。)汗国を築いた。
840年、国が亡びたため、各地域の人々は各地に逃れ、その中の一部が河西回廊の甘州(現在の張掖)一帯にやってきて、先に移住してきていた同じ民族の人たちと合流して今日の裕固族の前身となった。
895年、これらの人々が甘州城を占領し独立政権を打ち立てたが、1208年、西夏の侵攻により崩壊し分散した。
史書の記載では、これらの人たちは“黄番”、“西番”、“撒里畏兀児”などと呼称されてきたが、自民族の間では“尭乎児(ヤオフアル)”と自称していた。
新中国成立後、自称ヤオフアルに基づく形で裕固という漢字表記が採用された。
主に牧畜業に従事しているほか、鹿茸、麝香、熊の胆など貴重な漢方薬材も生産している。
食生活においては乳製品が豊富で、牛、羊、豚、駱駝、鶏など肉類も豊富に食べる。一方野菜は数少なく、葱や野蒜、韮、キノコ類くらいしかない。
牛の毛を編んだフェルトを用いた、一般的に長さ5メートル、幅3メートル、高さ2メートルほどのテントに住んでいる。燃料は牛糞を乾燥させたものを使っている。
宗教は基本的にチベット仏教(ラマ教)のゲルク派(黄教)に属している。ゲルク派は厳格な戒律の保持、道徳的教義で知られる。ただしハンテングリ(=天)信仰と、それに基づく宗教儀礼も部分的に残存する。 |
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