| 易姓革命 |
| 中国の政治思想。 易姓とは、ある姓の天子が別の姓の天子にとって代わられることで、革命とは、天命があらたまり代わって、王朝が交替すること。つまり、中国には、天が命を下して徳のある者を天子となし人民を治めさせ、徳が衰えたりなくなって人民の信頼がなくなれば、天変地異などをおこしその天子や王朝を去らせ、新しい有徳者に王朝を開かせ人民を支配させるという政治思想がある。 『孟子』には、天子が位を世襲せず有徳者に譲る禅譲という革命(堯から舜ヘ、舜から禹へ)と、徳をなくし人心の離反した天子を武力で打ち滅ぼす放伐という革命(夏の桀王が殷の湯王によって討伐追放された)が書かれており、孟子のころにこの革命の政治思想が成立したと考えられる。孟子の易姓革命論は、「中華の王は天が選ぶ、しかし天が直接何らかの方法でそれを伝えるわけではない。誰かが王となることに対して百姓(民衆)がそれを受け入れて、政治がうまくいき、自然現象が順調に回る。これが王が天によって選ばれたことの証明となる。」「徳を失った王は、既に資格を失っている。その王は湯武が桀紂を放伐したように打倒して良い。」というもの。 易姓革命論は、放伐によって成立した王朝にとって都合がいいこともあり、中国に広く受け入れられた。また新王朝は、前王朝が天命を失ったことを証明することが必要になるため、前王朝の歴史編纂は、新王朝の重要な仕事となった。 |